私たちは小さい時から「正しくしなさい」とか「正しく生きなさい」とかの中で育って、正しさを基準に生きてきたように思います。善か悪化、0か1か、のように。
仕事にしろ、生き方にしろ、すべてが「正しさ」の上に立って判断してきたように思います。
正しさとは何なのか?と問われれば、答えが出てこないのです。
なぜなら、「正しさとは」は1人1人の価値観が違うように、答えが違ってくるからです。また、時代によっても違ってくると思います。
例えば、家父長制度の時などは、家長は絶対的権限を持っており、家族の結婚・離婚・住所の決定・職業などを決める権限を持っていました。そして家の財産や身分は長男が全て相続する、と。
今ではありえない権限です。しかし、当時はそれが正しいと思って皆がそれに従っていたと思います。
今でも仕事や生き方などは、「正しさ」の上に成り立ってるように思われています。
しかし、本当にそうでしょうか?
私がメルマガやnoteを拝読している方々は、皆さん口をそろえて「誰と、どんな関係性で仕事をしているのか」と言われます。「正しさ」よりも「関係性」の方が重要なのです。
なぜなら、「この人のために働きたい」「この人と一緒に働きたい」と思えた時に、人は一緒に行動できるのです。
そう思われていない人がいくら号令をかけても、誰も動きません。むしろ一緒に働きたいと思うから、率先して働けるのだと思います。
仕事のみならず、生きるということも「正しさ」ではなく、「関係性」の上に立っているのだと思います。
関係性こそが人と人を繋ぐ「信頼」になっていくのです。
もしも自分が「正しいはずなのに、なぜか心が満たされない」と思う時は、「正しさ」の判断ではなく、「魂」が打ち込めることをして欲しいサインなのかも知れません。
じゃ、また明日!