• 2591枚目■ 「正しさ」を求め過ぎた?

    私たちは小さい時から「正しくしなさい」とか「正しく生きなさい」とかの中で育って、正しさを基準に生きてきたように思います。善か悪化、0か1か、のように。

    仕事にしろ、生き方にしろ、すべてが「正しさ」の上に立って判断してきたように思います。
    正しさとは何なのか?と問われれば、答えが出てこないのです。
    なぜなら、「正しさとは」は1人1人の価値観が違うように、答えが違ってくるからです。また、時代によっても違ってくると思います。

    例えば、家父長制度の時などは、家長は絶対的権限を持っており、家族の結婚・離婚・住所の決定・職業などを決める権限を持っていました。そして家の財産や身分は長男が全て相続する、と。
    今ではありえない権限です。しかし、当時はそれが正しいと思って皆がそれに従っていたと思います。

    今でも仕事や生き方などは、「正しさ」の上に成り立ってるように思われています。
    しかし、本当にそうでしょうか?
    私がメルマガやnoteを拝読している方々は、皆さん口をそろえて「誰と、どんな関係性で仕事をしているのか」と言われます。「正しさ」よりも「関係性」の方が重要なのです。

    なぜなら、「この人のために働きたい」「この人と一緒に働きたい」と思えた時に、人は一緒に行動できるのです。
    そう思われていない人がいくら号令をかけても、誰も動きません。むしろ一緒に働きたいと思うから、率先して働けるのだと思います。

    仕事のみならず、生きるということも「正しさ」ではなく、「関係性」の上に立っているのだと思います。
    関係性こそが人と人を繋ぐ「信頼」になっていくのです。

    もしも自分が「正しいはずなのに、なぜか心が満たされない」と思う時は、「正しさ」の判断ではなく、「魂」が打ち込めることをして欲しいサインなのかも知れません。

    じゃ、また明日!

投稿者

jibunoikiru@gmail.com