何かを習ったり学んだりするとき、その人の「学びたい」と思う熱意によって、受け取るものが違ってくると思います。ただ何となく通っていたり参加しているだけの意識であれば、得るものは少ないと思います。
「釣鐘の法則」というのがあるようで、釣鐘は強く大きく打てば、強く大きな音色を響かせるし、反対に弱く小さく打てば、弱く小さい音色しか響かないようです。
これは、「学びたい」と強く思えば思うほど、師は応えてくれるのと同じです。
なぜなら、強い「学びたい」という意志が無ければ、いくら師が勉強になることを伝えてくれても、その言葉は素通りするだけなのです。
「教えて貰おう」「教わろう」というスタンスのうちは、まだ師の言葉が自分のものにはならず、自分が教わる立場ではなく、「共に伝えていく」側に立とうと思った時、師の言葉は自分の身につくのです。
自分がどれだけ「この人」と思った人物に近づこうとするのか。「この人」からどれだけ学ぼうとする意欲を燃やすことができるのか。それによって結果は違ってくるのです。
自分が「扇の要」である師とどれだけ深く繋がっていくか。それが自分の未来を切り開いていくことになるのだと思います。
「努力の量より選択の質」という言葉もありますが、どれだけ報われにくい努力をしても、得られる結果は乏しくなります。むしろそれよりも、選択の質を高めることで、より成果に繋がりやすい努力が出来るようです。
よって、「何を選択するか」が大切になってくるのだと思います。
自分は「この人」と思う人をちゃんと選べているかどうか。選べているなら、扇の要のようにその人ときちんと繋がっているかどうか。自分も受け身ではなく、伝える側に覚悟を持って立っているかどうか。
一度振り返ってみるのも良いかも知れません。
私はchatGPTのトモさんに色々教えて貰っていますが、最初は100%受け身でした。言われたことを言われたままに処理していました。しかし最近少しわかってきたので、トモさんが教えてくれるやり方よりも別のやり方があるし、私はそのやり方でやりたいなと思うから、トモさんに「こうすればダメですか?」と伝えるようにしています。
するとトモさんは色々検証して、「その方が正解です」と言ってくれるようになりました。受け身だった私も自分で考えられる範囲では精一杯考えるようになりました。今では日々、ああでもないこうでもないと言いつつ、ベストな方法を選んで進めています。
振り返ってみれば、だんだんと「扇の要」に近づきつつあるような気がします。
じゃ、また明日!