人生を選択する時には2種類の判断があると思います。
1つは「社会にとってこれは正しいかどうか」を判断基準にする人。
もう1つは「自分にとってこれは得かどうか」を判断基準にする人。
これは人間関係にも当てはまると思います。この人と付き合うと、自分にとって得になるかどうか。仕事関係では特にその気持ちが働きやすいと思います。出世するためにはこっちについていた方が良いとか。あの人に気に入って貰ってたら得をするとか。
しかし、その判断基準もひと昔前の価値判断になってきつつあります。
なぜなら、自分にとっての得を優先していれば、自ずと自己保身や自己正当化をするようになり、都合が悪ければ他人のせいや環境のせいにするからです。それは表面的な基準にすぎず、内面的な「徳」や「志」とはかけ離れているというのがわかってきたからです。
そしてそれは、その後のビジネスであったり、仲間が増えていくかどうかで明らかになって行くからです。
「本当の自分とはどういう人間か」と考えた時、以前は平穏無事に人生を終えることだと思っていましたが、最近は「自分が人生を通じて成すべきことは何か」ということに向き合うことが、自分という人間を知ることだと思うようになりました。
それは先人が切り開いてくれた社会で自分は活かされているのであるから、自分も次の世代のために何かを遺すのが点と点を結ぶ要になるのではないかと思うようになったからです。
戦後80年。日本に於いては戦争を知らずに生きてこれました。平和ボケと言われても、悲惨な戦争を知る必要もなく、夢のある誰でもが幸せになる社会を繋いでいくのが、1人1人に課せられた義務だと思います。
よって、自分が進化・成長するのは自分のためではなく、誰かのため、未来の子どもたちのために、この平和な日本を繋いでいく必要があると思います。
そしてそれは、家族のため、社員のため、自分の周りにいる人のためにも、自分が進化・成長する必要があるのです。
人は「自分のため」ではなく「誰かのため」になった時、視座が高く視野が広くなるので、「強さ」が身に付くようです。
じゃ、また明日!