自分の心が不安定な時は、同じ状況であってもいつもより気になったり、心に引っかかったりします。
人は見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じ、自分の都合の良いように解釈します。
よってその時の自分の気分によっても捉え方が違って来るときがあります。
しかし、いくら目をそらしても、信じたい事だけを信じても、事実は変わらないのです。
そして人は自分が信じたものが現実となります。よって、自分は何を信じるかということは非常に大切になってきます。人生は自分の信じる方向に向かっていくのだと思います。
その為には、あるがままを受け止めて、痛みも弱さも、醜さも矛盾もすべてそのままを受け入れ、自分の中にある怒りや嫉妬、恐れをただ静かに見つめてみる。自分の周りや世界がどう在るのかを恐れず、逃げずに静かに見つめることが、自分の心を静める役目を果たすのだと思います。
私は思い込みがはげしい方なので、すぐに自分の頭の中にあることに当てはめてしまうクセがあります。本当は違う世界の違う見方があるのに、自分の心の世界だけで判断して決めてしまい、自分の思考に縛られます。
そうなると、人間関係も狭まってしまい、結局は自分が損をするだけなのです。
物事や人の言葉にどう反応するかは、自分の選択です。自由にその反応を選択することが出来るのです。その時に、表面だけで判断するのか、出来事の奥にあるものも観てきちんと受け取り、その上で判断するのか。それによってその後の結果も違ってきます。
昔の知り合いで白か黒かで判断する人がいました。その人は自論を持っており、研究熱心だったので、いつも自分は正しいと思っていました。よって、自論が通らない時は自分はこの会社には合わないということで、辞めて行かれました。その部分に於いては、みんなの判断と違っても、他の部分ではほぼ同じだったので、残念だなと思いました。
何事にも囚われず、より広い視座で自分が選択できるよう、いつも自分を自由にしておきたいと思います。
じゃ、また明日!