人生は未完成だと思います。自分が完成だと思った時は自分の存在価値が無くなった時だと思います。
仕事をしていても、日常生活を送っていても、「別に不満があるわけでもないのに、どこか物足りない」他人から見れば成功者だとみられるけれど、自分の中では「まだ、何かやれることがあるのではないか」と感じてしまう。

自分が本当に大切にしているものや、自分の価値観と現在の生活との間に「見えない空白」のギャップが生じている可能性があります。その足りなさは、「自己実現の未達成」や「価値観の不一致」に起因することが多いようです。

ヴェーダ瞑想をやり始めてからは自分の純粋意識に向き合うことが多くなり、以前は現状で満足していたものが、本当にそれが自分の望みなのかと、考え直すことが多くなりました。自分の純粋意識は何を望んでいるのか。
今まで目の前の仕事や生活に追われて、自分が本当にやりたい事を見失っていたのではないか。自分の心が求めているのは、ただの満足感ではなく「本質的な充実感」ではないかと。

もしかしたら、今までは「外的同期」に振り回されて、「内的同期」の自分の価値観や興味に基づいた行動を満たしていなかったのではないかと思うようになりました。

それは誰かの役に立つことが自分の存在意義を感じさせる「利他の心」であったり、この年齢になっても前進していると感じられる「成長」であったり、心から繋がる「信頼」であったり。こういうことが本当に満たされる生き方ではないかと思います。

よって、未完成だからこそ成長の余地があるのであって、自分が心から「これでいい」と思える選択や生き方をすることが納得のいく人生に繋がるのだと思います。そして時間がかかっても諦めることなく、出来るまでやり続ける。
それがもしも人生の時間切れとなったとしても、或いは、未完成のものを完成に近づける面白さを感じながら道半ばで終わったとしても、それは最高の人生だったと思えるのではないかと思います。

なぜなら、その瞬間、瞬間は誠実に自分と向き合い、悔いの無い過程を踏んでいるからです。また、世間との答え合わせではなく、不器用でも自分自身の意志で歩んだ軌跡だからです。そして、未完成という「余白」がそこに自分が生きた証や、次へと繋がる空白を残すことができるからです。

人生は未完成。自分の人生の未完成なもの、納得のいっていないものは何なのか。
それを探しつつ、自分が納得のいく未完成でありたいと思います。

じゃ、また明日!

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