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「許すこと」には色々な意味があると思います。
許せば自分が損をしたような気持ちになることもあるでしょう。
自分が損をして腹立たしく思っているのに、それを与えれば二重に損をしたような気になってしまう。
しかし「相手こそ、私以上にそれを必要としているのだ」と考えることが出来れば、自分にゆとりが出てきます。
なぜなら、相手の出方に左右されず自分は自分であり続けようとする意志があれば、許すことによって、自分が相手の束縛から解放されるからです。
許すことによって、相手の支配から自由になり、自立することが出来るからです。
そして、大切な自分の時間を勝ち取ることが出来るからです。
よって、自分の力で行動する「自立」も、その中には「許し」という要素も含まれるのです。
見落としがちなのが、誰かを「許さない!」と自分がいくら思っていても、相手は不幸になるわけではないし、むしろのほほんと暮らしているかもわかりません。
相手にダメージを与えられる訳ではないのに、自分が「許さない!」と思うことで、自分が相手に束縛され、支配されることになるのです。
被害者の立場から自由になるには「許す」ということが必要になってくると思います。
そしてそれは、自分の為でもあるのです。
なぜなら、自分だけが損をしているという囚われのせいで、いつまでも苦しみを抱え、許せない気持ちに縛り続けられているからです。
「許す」ことは、執着を手放すことでもあります。
それは、自分の心を自由にし、結局は自分自身の為に許すことになるのです。
瀬戸内寂聴さんは、97年の人生経験で得た結論として、
「愛することは、許すこと」と言われています。
「人間が生きるということは、愛することです」と。
私も許したつもりでも、ふとした時にふつふつと感情が蘇ってくる時があります。
そして、本当に許していない自分に気付かされます。
まだまだ人間としての修行が足りないようです。
心から「許せる」人間になりたいと思います。
じゃ、また明日!