最近はまさかと思うようなことがよく起こります。事故であったり、災害であったり、いじめであったり。
それらは、現象としては個別のものであるし、その起こった原因は「人手不足だから」「予算が厳しいから」「高齢化社会だから」等と、色々言っています。

ある方のnoteを拝読して成程なと思ったのは、「それは現象の説明であって、構造の把握・理解ではない」ということ。
「現場のミスに見えるものは、実は会社の設計不全として現れる」とのことでした。
「未来は突然やってくるものではなく、現在に埋め込まれているもの。そして、現在は過去の意思決定に埋め込まれている。よって、いま起きている”異常さ”を理解するには、出来事ではなく構造として読む力が必要である」と。

合理化という時代に於いては、どことも人・時間・予算を削っていました。社員教育も以前なら4月に入社して1か月ほどかけて色々教えていました。しかし企業に余裕がなくなると、その社員教育も入社前に冊子が送られ、入社までに覚えておくようにとなりました。そして益々状況が厳しくなると、3日で会社を辞めた学生の場合は4月1日に会社に行って配属された部屋に入っても誰も紹介してくれないし、「そこの机」と言われただけで、仕事も何も言われない。マニュアルもなく隣の人に聞いても「忙しいから自分でやって」と言われ、何をすればよいのか、どのような仕事をすればよいかわからず、誰に聞いてもみんな忙しそうで口も聞いて貰えない状況。自分は何のために就職したのかと堪え切れなくなって辞めました。

この会社は特別だと思いますが、世の中がそういった雰囲気の時に一番大切なものがこぼれ落ち、数字を追いかけるだけになりました。21年前のJR尼崎脱線事故も、数分の遅れを取り戻すためにスピードを上げ過ぎてカーブを曲がりきれずに起こりました。
JR西日本の懲罰的な「日勤教育」や余裕のないダイア編成が原因でした。
お客様の命が大切なのか、ダイア通りの時間が大切なのか。ほんの数分が106名の乗客と運転手の命を奪ってしまいました。

じっくり時間をかけて社員教育をしていた時は、乗客の命を預かっている大切さも叩き込まれていたと思います。数字を追いかけるようになってから、時刻表通りを厳しく求められるようになりました。確かに時刻表通りに電車が到着するのは日本では当たり前かもしれませんが、その時刻表が速さを基準に作られたのか、安全を基準に作られたのかを考え直す必要があると思います。

企業現場にしろ教育現場にしろ、「形式だけが残り、意味が抜け落ちた」結果だと思います。
そして恐ろしいのは、今も上層部がその意志決定を続けているということです。
いじめ問題にしても、校長、教育委員会、市長、県知事の考え方が変わらないから、意味のない同じ答弁を繰り返しているという現状です。そしてその現状を今もなお未来に引き継いでいるという状態です。
社員、職員は誰もそれに異を唱えることが出来ないのです。
よって、未来は現在に埋め込まれているのです。

じゃ、また明日!

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