私たちは「やった方が良い」「動いた方がよい」と思っていても、なかなか行動に移せません。
それは自分の意志が弱いからでも能力がないからでもありませんでした。
人の脳は「安全」を求めます。不確かなことや不安なことは避けようとします。それが原因だったようです。
つまり、まだやってもいないのに「ムリだ!」と結論を出してしまうからです。
「今更やっても遅い」「すでにみんながやってしまっている」「市場ではすたりかけている」等、安全重視でやらない理由を脳内では探しているのです。
その、「安全な結論」は自分に安心を与える代わりに、未来の可能性を止めてしまいます。
学生の時にテスト前に友達同士で「試験勉強やった?」と聞いて「まだ全然していない」と聞くと、自分だけ取り残されていなかったと、なぜか安心する心理。これと同じで、「友達もやっていなかったから自分と同じだ」と、安心を貰う代わりに、現実のテスト勉強をしていないので、結果はより不安なものになってしまいます。
これは聞く前の段階からすでに方向を決めているのです。やっていなさそうな人に聞くのです。そして「まだ全然していない」という言葉で自分を安心させているのです。よって聞く相手、相談する相手によって違ってくるのです。
この場面で求めているのは、助言やアドバイスではなく、やらない理由の後押しをしてくれる人です。前に進まない安心材料です。
こういう場合は、「一旦判断を止める」ことが、良い結果を生むようです。まず目の前に現れているものを、そのまま見る、ということ。現象をじっくり見て、「どうせ○○だから」で、判断していないかどうか。判断が先走っていないかどうか。一旦「判断停止」して「やってないならやってから考えよう」「データーがないならデータを取ってから考えよう」或いは、データーの解析がうやむやなので、AIに頼んでデーターを解析してもらおう。など、それぞれの現象を見たあとで考える必要があると思います。
なぜなら、同じ現象でも前提が変われば、結論が変わるからです。わたしたちはじっくりと観察をする前に判断をしてしまいます。現象より先に結論を出してしまいます。よって、一旦判断を止める必要があるのです。
一部の情報やデータだけで、「やっぱり無理」と早すぎる判断をせずに、現象の結果を十分見極めてから判断すれば、出来なかった行動も出来る可能性があると思います。
「Facebookはやらなくなった」とか「Instagramは新規参入が難しい」と言われていても、どういう年代を対象にするのか、どういう価値を届けたいのかによって、判断は違ってくると思います。自分の前提をしっかり見極めてから、だめかどうかを判断すれば、「もう無理」ではなく、行動に移す事が出来る可能性もあると思います。
じゃ、また明日!