SNSの時代になってから、時代の流れがどんどん早くなって行っているようです。ましてやAIの出現により、尚更生きていくスピードが速くなっているように思います。よって、返事も判断も答えもスピードが求められるような気がします。
しかし、机上の理論だけでは、正しい答えがでるかどうかが疑問です。今、問題になっている日本の水道管、法定耐用年数である40年を過ぎて50年を過ぎているのが多いとか。これも土の中なので見えないから「まだ大丈夫だろう」と交換しないで使い続けていたのが、今になって老朽化による漏水事故があちこちで起こり、全国的な課題になってきています。この時、大丈夫かどうか、部分的にも点検していけば、まだ持ちそうなもの、老朽化しているものを確かめることが出来たと思います。
一番大切なのは、机上の判断ではなく、現場を見て確かめた上での判断です。
以前TVでやっていましたが、大きな工事のプロジェクトで大企業が数社合同でやる工事。そこでいつも問題になるのが、現場とプロジェクトチームリーダーとの食い違いです。
確かに各社それぞれ一流の人を出してきています。よって間違いはないはずです。しかし、設計段階では完璧でも現場では数ミリズレただけでも、亀裂が入ったり、水漏れがあったりします。結局は現場を見ている人の方が正しい時があります。
人は自分がうまく行った方法、会社がうまく行った方法を誰でも出来ると思ってしまいます。しかし、会社が違えばやり方も違い、判断も違ってくるのです。結果だけを見て条件を見ていないと、勘違いが起こってしまうのです。
机上での理論は、やる前に想像で判断する意味です。やってみると「思っていたのと違う」という現実がわかります。それがわかると最初の判断が違ってきます。そしてそれは1回きりではなく、一定時間、一定期間向き合うと、また見えてくるものがあります。それによってまた判断・選択が違ってくるのです。
よって、続けるために必要なものは、判断材料が少しずつ増えていく状態です。
「どこで迷ったか」「どんな場面で不安になったか」「何に過剰に反応してしまったのか」そういった判断材料が溜まってくると、「続けるか」「変えるか」「やめるか」という判断が自然と出来るようになってくるようです。
スピード時代になっても、スピードを上げて早く処理しなければならない面もありますが、判断を急がないでじっくり向き合う必要がある場合もあると思います。
判断は頭の中では生まれず、立ち続けた現場で、後から意味として現れるようです。
じゃ、また明日!