人類の内側には2つの文明があるようです。
「つながり」を中心とした世界と、「理性と技術」の世界と。
つながりを中心とした世界とは、「自然と調和した文明」「精神性が高い文明」と言われています。
自然と繋がり、他者と繋がり、そして自分自身との繋がり。
未だ分離の感覚が強くない状態です。
その感覚は、生きていることそのものの価値や、共感や直感の大切さ、自然のリズムへの信頼など、子どもの頃の無邪気な感覚に似ていると思います。そして世界というものを「感じる」ことで理解し、学んでいきます。
よって「感覚的」「共感的」な世界に近い状態だと思います。
もう1つの、「理性と技術の世界」は、エネルギー利用、巨大建築、科学的思考と言った、「世界を理解し、コントロールしようとする意識」で、現代に共通するような時代であったように思います。
なぜなら、科学の発展、経済や組織の複雑化、便利さの追求などはまさしく現在そのもののように見えます。
そして、技術の進歩と引き換えに精神性や倫理を忘れて行っています。
その結果、「技術は進んだのに、幸福感は増えていない」「情報は増えたものの不安も増えた」「便利なのに孤独感が強い」など、現代そのもののようです。
よって、「進歩=幸せとは限らない」ということになるのです。
本来、つながりを中心とした世界と、理性と技術の世界は、統合するものだと思います。
感覚だけでも社会は成り立たないし、理性だけでも人は満たされないからです。
よって、感性と理性の統合がバランスの取れた世界になるのではないかと思います。
現在はAI、バイオテクノロジー、宇宙開発など、物凄いスピードで技術文明が進んでいます。
その反面、孤独死や引きこもりなど人間の内側の世界では「心」の重要性が言われています。
ウェルビーイング、マインドフルネス、コミュニティの再評価などはそれの表れだと思います。
つながりは「心」、理性と技術は「頭」。人は心で感じ、頭で整え、その両方で生きているので、現在の社会においても、非常に大切なことだと思います。
繋がりだけでも幸せとは限らないし、進歩だけでも幸せとは限らないので、何が自分にとって幸せか、或いは何が人々にとって幸せか、バランス感覚を養いたいと思います。
じゃ、また明日!