私たちは同じ言葉、単語を使っていると、「お互いわかり合えている」と思ってしまいます。
しかし、そこにはズレが生じている場合が多々あるようです。
自分にとっての常識や価値観と相手にとっての常識や価値観は、違って当然なのに、同じ単語を使うことによって、わかり合えていると思ってしまうのです。

例えば、「富士山に一緒に登りましょう」と言っても、ある人は当然頂上まで行ってご来光を拝むのが当然のことであるけれども、ある人は山登りが初めてで、体力的には5合目が限度であったとしても、「富士山に一緒に登りましょう」という言葉は同じなのです。

それは正しさの違いではなく、前提の違いであって、その言葉には間違いはないのです。
共有するのは「富士山に登る」という目的だけではなく、前提である「何合目を目指している」というその前提も話し合っておけば、装備品や心構えも違ってくると思います。

前提を話しておかなければ、一緒に登ろうと言っていたのに、麓に着いたら「私は頂上まで登ってご来光を見てきます」と行ってしまい、置いてけぼりにされた。と捉えて沈んだ気持ちで登ることになります。

しかし「私は頂上まで登ってご来光を見てきますが、あなたは自分の行きたい所まで自分のペースで登って楽しんでください」と、話していれば、自分は5合目までしか登れないけれど、どんな楽しみに方があるかなと、考えるきっかけが出来るのです。

そして調べてみたら、ゴミを拾いながら登るグループがあるので、これなら自分にも出来ると思い、そのグループと一緒にゴミを拾いながら楽しく登ることが出来るのです。

目的だけを共有するのではなく、違った前提も共有することによって、登る楽しさが違ってくるのです。
これは話がかみ合わない状態のままでいくのか、ズレた前提を話すことによって、「共鳴点」を見つけるのかの違いだと思います。

共鳴点を見つけるということは、対立や矛盾を越えて自由に選べるということです。そしてそれは、対立や矛盾の両者の視点を越えた、思考が前に進むためのものであり、より高次元な進化のプロセスだと思います。

じゃ、また明日!

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