私たちはいつでも正解を探そうとします。そして答え合わせをして正解と言われるものを選んだら、なぜかホッとしています。しかし、人生には「正解」などないと思います。
なぜなら、自分の人生は自分が生きるしかないからです。自分がいくら親しい人の人生を生きたいと思っても生きられないのと同じで、もしも真似をして生きたとしても、それは真似事の人生にしかならないのです。
自分が選んだ道ならば、結果が悪くてもそれを選んだのは自分であるから納得がいきます。色々な条件の中での選択の結果であるから「仕方がない、次頑張ろう!」と、前向きに進むことが出来るのです。これがもしも他人が選んだ結果であるならば、他の人が選んだからこうなったのだと、他人のせいにしてしまいます。
そうではなく自分が選んだ道ならば、たとえそれがうまく行きなさそうでも、うまく行くよう努力して正解に持っていくのが、自分の人生を生きるということになるのではないかと思います。
自分の選択に責任を持つということは、困難に直面してもそれを乗り越えようとするし、そこから学び、自己を高めて行くことも出来ます。よって、自己を高めることで自分の選んだ道を「正解」に変えていくことが出来るのです。
どんな選択をしても、それが正解であったというのは、後になってからでないとわかりません。
進学にしても、就職にしても、ましてや結婚にしても。
最初は自分が「良いと思った」からその学校を選び、その会社を選び、その相手を選んだのだと思います。
しかし年月が経てば、「思っていたのと少し違う」と感じ始め、そこでまた選択に迫られます。
学校なら退学かどうか、会社なら退職かどうか、結婚なら離婚かどうか。
そこで「最初に選んだのは自分だった」と思いだし、どれだけそこで努力していたのか、また、留まるための努力をするのかによって、その後の人生は大きく変わると思います。
正解は最初からあるものではなく、自分の信じた道を歩き、それを成功させるために努力することだと思います。
そして、その行動の結果が「正解」になって行くものだと思います。
例えそれが自分以外の人から信用されなくても、人から見てどうこう言われようとも、自分が選んだ道に自分が後悔さえしなければ、それは「自分を生きた」証になると思います。
人生には正解というものはなく、自分が選んだ道を正解にしていくという、覚悟の道があるだけだと思います。
じゃ、また明日!