一昨日、インスタグラムのリールで面白いものが流れてきました。見られた方も多いと思います。
外国人の話しですが、世界に共通すると思います。
150年前の電話と現代とは全く違います。今はスマートフォンです。
150年前の馬車は現代では車です。産業革命後の発達は目を見張るものがあります。
150年前の学校の教室と現代の教室は・・・。全く同じです。一列に並んだ教室風景は今も変わりがありません。
そこで発言者は訴えます。
「おかしいと思いませんか? 100年以上経っているのに、何1つ変わっていないのです」
「それでも私たちは、生徒を未来に向けて育てていると言えるのでしょうか?」
「あなたたちは、生徒を未来に備えさせているのか? それとも過去に?」
この教育システムは、元々工場で働く人を育てるために作られたものです。
だから生徒をきれいに一直線に座らせる
じっとしなさい 発言したければ手を挙げなさい
そして1日8時間 何を考えるかを支持する
成績評価Aという文字は、元々品質を示す記号です
つまり、肉のグレードAと同じ発想なのです
教育は「従順な労働者」を作る仕組みだった。
産業革命以降の教育は「効率よく集団を管理し、社会に適応させること」が目的。そのシステムが今も惰性で続いているのです。
そして、変わらないのは、変わると困る人がいるからです。
もしも子どもたちが全員「経済を学び」「情報を見抜き」「起業・投資・自立を始めたら」今のピラミッドの構造は崩れます。だからこそ「考える力」ではなく、「言われたことを正しくやる力」ばかりを育てている。これが事実です。
なので、教育が変わらなければ、私たちが変わるしかない。
これは日本の戦後教育そのものだと思います。そして日本が今、アジアの中でも負けている現状は、戦後教育が成功した証だと思います。
しかし、日本には身分に関係なくだれでもが学べる「寺子屋」がありました。
上記で言われている150年以上前から「松下村塾」がありました。そこでの学問の目的は「人間はいかに生きるべきか」という志を立てること。
現実の課題について徹底的に討論し、行動につなげる「知行合一」の「生きた学問」。
互いに教え合い長所を伸ばし短所を改めさせる、自主性の尊重とっ相互啓発。道理をわきまえ、望ましい人間へと成長させることを目指す人間性の重視。
これらは今、日本が元に戻すべき教育だと思います。言われたとおりに動く「労働者教育」から、自主性を重んじた生きた学問の「人間教育」へ!
各地で暴力によるいじめが目立っていますが、共に教え合い、議論し合う中で「人間はいかに生きるべきか」を実践を通して学ぶ機会があれば、自分の過ちに気付くのではないかと思います。
現在のGHQから押し付けられた戦後教育は、限界に来ていると思います。
日本の教育は寺子屋から始まった人間教育に戻すべきだと思います。
じゃ、また明日!