最近「見えない世界」とかよく言われていますが、見えないからこそ大切なものが隠されていると思います。
建築家の安藤忠雄さんも「引き算の哲学」の持ち主のようです。
安藤忠雄さんのシンプルさとは「本当に伝えたいものだけを残し、後はすべてそぎ落とす」考えです。
つまり「本質以外は存在させない」という思想です。
例えばファッションにしてもどんどん付け加えていく「プラスの美」もあれば、いらないものを取っていく「マイナスの美」もあります。どちらが好きかは人それぞれです。削ることによってそこには余白が生まれ、余白は「安心」を与え、「信頼の合図」でもあるのです。
日本庭園が美しいのは無駄なものはすべて除いて、石や苔、砂や水と言った最低限の要素で世界観を作っています。
その余白は人間の世界に於いても通じるものがあると思います。
より一層相手を見ようとする余白は、安藤忠雄氏によれば「相手を大切にする構造」だとか。
確かに、自分が感じる大切なものは、ほとんど目に見えません。だから余計に本質的なものだと思います。
「人の気持ち」や「人間関係の深い絆」、「人生を変えるご縁」や「信頼や尊敬」「愛や思いやり」
全て目に見えないものです。しかし、見えないからこそ「感じる」のです。そしてそれらは強く、深く、人生の根っこを支える礎になるのだと思います。
たとえ離れていたとしても、心の奥で繋がっている確信があり、いつもそばにいる安心感で見守られている。
この「感じる力」こそがエネルギーを交換し、心と心、魂と魂が触れ合う時だと思います。そしてそれぞれの世界の相互作用によって、共に昇華していくのだと思います。
これらのエネルギーは「生きている実感」を与えてくれ、生きる勇気を与えてくれるのです。
「愛」や「奇跡」や「感動」は誰の中にも持っています。それを感じる事が出来るかどうかの違いです。
心に余白があるから、誰かの「優しさ」や「暖かさ」を感じる事が出来るのです。
人は誰と出会うかによって人生が変わると言われますが、その「ご縁」も自分が感じて引き寄せないとすれ違ってしまうのです。
もしかしたら、見えない世界にこそ、自分が生まれてきた意味が隠されているのかも知れません。
じゃ、また明日!