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私はあらゆることにマイペースなので、群れることは苦手でした。よって、いつも独りの方を選び、自分のペースで生活していました。人間関係も自分は自分、相手は相手として認め、ぶつかり合って距離を縮めたいと思っていました。

しかし、大抵の人間関係は相手に合わすか、合わせさせられるかでした。これではどうしても上下関係になってしまいます。上下関係になると言いたいことも言えなくなるし、本来年齢や身分など関係なくフラットに意見を言い合うことが大切だと思っていました。

なぜなら、気を使ったり忖度したりは本当の情報交換にはならないからです。本音が聞けないからです。
だからぶつかってでもよいから、お互い言いたいことを言えばよいと思っていました。

しかし、今から考えると、自分の我を張っていたかもしれないなと思います。
なぜなら、自分は自分ということは、自分を変えようとしない態度です。それは相手に寄り添っていないということです。相手と深く繋がれてないということです。

例えば職場で長く務める場合、嫌でも一緒にいる時間は長くなります。そんな時、いつも嫌々一緒にいるのか、そんなに好きではないけれど仕事という共通点があるので、相手を知って自分も知ってもらう必要があると考えるかの違いだと思います。

一度自分の我を捨てて相手に合わせてみる。趣味でも何でも一緒にやってみる。
そうすることにより相手の中に入り込み、今までと違った視点で大切にすべきものを感じることが出来るかも知れません。

一度「我」を外してみると人に寄り添うことが出来るし、より深い所で繋がれるようになるのではないかと思います。そして、そこのレベルでの人間関係が、また新たに構築されるのではないかと思います。

じゃ、また明日!

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jibunoikiru@gmail.com

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