スピリチュアルではないけれど「自分が見ている世界は自分が創っている」と、時々聞きます。
目の前の世界は自分の思考が作り上げているものであって、それぞれがそれぞれの世界を創り上げていると。
自分の悩みや怒りも自分の「信じ込み」からきているもので、その信じ込みが自分を苦しめているのだと。
例えば、自分と他人を区別し、自分の価値観に他人を当てはめようとする。その考えに陥ってしまったら、
「自分は正しくて、あの人が間違っている」「自分は被害者で、あの人は加害者だ」「自分はこんなにも我慢しているのに、あの人は言いたいことを言っている」「自分はこんなにもしてあげたのに、あの人は見事に裏切った」
だから「私はいつも、かわいそう」と、語ればいくらでも出てきそうです。
しかし、これらはすべて自分の思い込みだとしたら・・・。
人は白・黒をつけたがります。私もいつも白・黒をつけたがっていました。グレーはどっちつかずの中途半端なものだと思い込んでいました。
私はヴェーダ瞑想をし始めてからは、「白が黒で、黒が白」という感覚がわかり始めてきました。
物事は絶えず動いているのです。昼か夜かではなく、夜は1秒ごとに夜明けに近づき、いつの間にか太陽が降り注ぐ昼になっているのです。そして、この昼もいつの間にか、星が瞬く夜になっているのです。
表と裏の表裏一体のコインです。2つではなく1つなのです。
昼も夜も1つの宇宙空間なのです。
先ほど、「白が黒で、黒が白」という感覚がわかり始めてきました。と書きましたが、正確に言うと、「白が黒で、黒が白」というのが「何もわかっていなかった」ということです。
つまり、白も黒も自分なのです。白と黒の2つあるのではなく、白も黒も1つの自分の中に存在するのです。
他人に対していら立つのも、自分と他人と2人がいるのではなく、自分の中のもう一人の自分が内側から投影しているのです。よって、いら立つ相手も自分の考えが、いら立つ相手を創り出している可能性があるのです。
その考えを手放した時、人は自分からも自由になれるのではないかと思います。
じゃ、また明日!