• 2385枚目■ 問いを立てる・答えを求む 

    今、学校でも社会でも「問を立てる人」と「答えを求める人」の2つのタイプがあるようです。
    かく云う私も最近までは答えを求める方でした。

    正解は自分の外にあり、外の正しい答えに自分を合わそうとしていました。
    しかし、答えは自分の中にしかないのです。外の答えは外の人の答えであって自分の答えではなかったのです。
    それに気づいてからは、自分の中の答えを探すようになりました。
    結局答えは1つではなく、十人十色だったのです。
    正解だと言われていることを疑ってみることが、新たな発見にもつながるのだと知りました。

    問いを立てる人は答えを決め付けてはいません。答えらしきものがあったとしても、それに飛びつくのではなく、本当にそれが答えだろうかと、自分で考えます。なぜなら、答えらしきものに飛びつけば「これが答えだ」と思った瞬間、それで解決したと思い、そこから先へは進まないからです。

    コロナワクチンが出た時も「コロナにはこのワクチンだ!」と、答えを決め付けてそれを広めていきました。その時、「本当にそのワクチンが効果あるのだろうか」と疑問を抱いた人もいました。しかし、問を立てた人は大学から追放されたり、医療業界から無視されたりしていました。問いを立てる人の方が非難されたのです。

    しかし、それは正解ではありませんでした。
    ワクチンを打つよう勧めていた人が、今では「ワクチンは感染予防効果はあまりない」と言っているのです。

    問いを立てる人は、「本当にコロナワクチンは必要なのだろうか。検証結果もまだ出ていないのに!」と思ったし、
    答えを求める人は、「政治家やTVでもワクチンは必要だと言っていたので、毎回打っています」と。

    その結果、何回もワクチンを打っていた人がコロナに2回も3回も罹り、1回も打っていない人は私の周りでは誰も罹っていません。後遺症で苦しんでいる方や、亡くなってしまった方もおられます。

    人はことあるごとに判断し、選択していっています。
    その結果は周りのせいでもなく、選んだ自分に跳ね返ってきます。
    答えを見つけるよりも、問を持つ方が自分に責任を取れるのではないかと思います。
    そして、問は自分をまだ見ぬ世界へと導いてくれるような気がします。

    じゃ、また明日!

投稿者

jibunoikiru@gmail.com