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以前は「人間を磨け」というのを聞かされたのですが、
最近は「魂を磨け」と言う云い方を耳にします。
私は肉体の事はあまり意識になく、囚われた思考を開放して、
より自由な存在へとなる事が「魂を磨く」という事かな?と、
近頃は思うようになりました。
なぜなら、自分の中の囚われた意識を開放していくと、
あるがままの自分に出逢うような気がするからです。
心が開放されると、執着しているものをどんどん手放すことが出来、
自分で制限していたものも、開放していくことが出来るからです。
苦手意識も、自分が苦手だと思い込んでいたけれど、本当にそれが
苦手かどうか、もう一度自分に問うてみる必要があると思います。
私は魚料理が嫌いでした。
なぜなら、母親が魚が苦手で魚料理が食卓には出てこなかったのです。
つまり、食べたことが無かったので、苦手だと思い込んでいました。
しかし、私がよく行くレストランのシェフが作った魚料理は、
どの種類の魚でも美味しく頂いています。
結局は苦手だと思っていたことが魚嫌いにしていたのです。
こういうマイナスの思い込みは他にも沢山あると思います。
苦手意識が自分の世界を狭くしていたのです。
魂を磨くというのも、自分の世界を広くし「良く生きる」という事だと思います。
「魂の良さ」とは、目に見えるお金や肩書や肉体などではなく、
自分の内面に目を向けて、自分の良さを認識するという事です。
どれほど自分の内側と対自出来るかという事です。
自分を知れば知るほど自分の本心がわかり、自分が何をしたいのかも
わかってくると思います。
「自分がどう生きたいのか」が
「魂のあり方」に近付いていくのだと思います。
自分は自由に生きている!と思っていても、
本当に自由に生きている人は少ないのではないかと思います。
しかし、現実には思い込みや執着に囚われすぎるあまり、
自分の自由を失っていることに気が付いていないのだと思います。
その囚われを1つ1つ開放することによって、
幸せは自分の内側が創るものだとわかってくると思います。
そしてそれは、幸せというものに一歩近づく始まりだと思います。
魂のあり方=心のあり方=原点は自分
という事になるのではないかと思いました。
その為にも、気付きを与えてくれる瞑想は、
私の生活には無くてはならないものになりました。
じゃ、また明日!
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