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赤ちゃんの笑顔は無心です。
綺麗な花もコンクリートを突き破っている花も無心に咲いています。
犬・猫も無心で人間の相手をしてくれます。
無心な相手に触れると、こちらの心も穏やかになり癒されます。
無心の境地というのは、人間でいえば純粋意識の境地だと思います。
私達が気付かない、心のふるさとかも知れません。
「禅」の世界では「無心」とは、心がない空虚状態ではなく、山・川・樹・草・虫・花など
1つの命が大自然の中でありのままに命を輝かせ、煩悩妄想や自我の執着から離れ、
なにものにもとれわれない自由な心で、自分らしく精一杯生きる事、だそうです。
また、仏教用語でいう「無心」とは、一切の邪念・妄想から開放された心を意味するようです。
「無心の境地」とは、雑念を払い、物に対して執着しないという意味で、
何も考えないということでは無く、今やるべきことに打ち込むことで
「不安・悩み」を自然に解決できること、だそうです。
よって、執着しない開放された心が無心の状態になるのだと思います。
そういう心の状態を持った人は、とってもピュアな純粋な心を持った人です。
そういう人を前にすると、自分まで純粋になったような気になります。
私には尊敬するシェフの方がいます。
その方はお願いすれば、可能な限り精一杯応えようとしてくださいます。
そして私が一番好きな所は、
料理をする前に素材に対していつも「どうすれば美味しくなるのですか?」と、
素材と向き合う時間を取っている所です。
そして、その時間を一番大切にされているのです。
よって、そのシェフの味は私の舌のふるさとなのです。
そのシェフは出世されて系列レストランの全店の指導をされるので、
もう、レストランに行ってもおられません。
しかし、この度どうしてもそのシェフのお料理が頂きたくてお願いすると、
お仕事の日程を調整して、来てくださることになりました。
「お客様に喜んで頂きたい」
ただ、その純粋な心だけで、日程を調整してくださったのです。
そこのレストランのリピーターのお客様も純粋な方が多いです。
皆さん、レストランそのものが好き、シェフが好きな方ばかりです。
よって、コロナの自粛閉鎖期間が解かれると、お客様はすぐに戻ってこられるのです。
結局は無心で純粋な意識を持った人は、純粋な心で繋がって行くのだなと思います。
じゃ、また明日!