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私は依存タイプなので、やること全てが「ねばならない」と思っていました。
そして、それらは「やらされている感」が抜け切れず、
いつも義務感が漂っていました。
自分が良くなるはずの為にやることが、
やらされ感のためになかなか結果に結びつかなかったのです。
本当はそこの段階で、自分がやる意味や自分の目的をはっきりと
自分の中で確認する必要があったのです。
その確認が曖昧だった為に、自分がやりたいと思うはずのものが
「ねばならない」になってしまったのです。
何かをやる時は「自分がやりたいからやる」だけの事です。
人から言われてやるものではないと思います。
「自分がやりたいからやる」意識が無いと「やらされ感」に埋まってしまい、
それが結果的に「被害者意識」になってしまうのです。
一端、被害者意識になってしまえば、できない事はすべて言い訳へと流れます。
自分の主体性、自分の判断があれば何とか解決への道に辿り着く可能性もあるのに、
依存状態が抜けきっていないので、可能性の道の欠片も思いつきません。
それどころか「自分」と「自分以外」で勝手に対立状態を作ってしまったのです。
被害者意識の上塗りです。
本来は「自分の意思が自分の現実を作っている」にもかわらずです。
そう思うと、いかに自分が主導権を握る必要があるのかという事です。
自分の判断・選択が自分の結果へと繋がって行くので、あらゆることは、
自分が主導権を持ってやっていく必要があると思います。
自分が主導権を持てば「やらされ感」もないし「ねばならない」も無いはずです。
今まで人のせいにしたり、言い訳を並べたりしていたことが、
自分の人生の遠回りを繰り返していたような気がします。
じゃ、また明日!