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自分のことが一番わかっていないのが、自分自身だと思います。
普段に何気なく使っている言葉。
その言葉の概念もわかっていないのに、
「もっと自分と向き合わなければ」とか「現実の自分を認めなければ」とか、散々言われてきました。
今に至っても「自分と向き合うとはどういうことか」とか「現実の自分を認めるとはどういうことか」がわかっていません。
にも拘わらず、自分も人に対して同じ言葉を使っている事が多々あります。
わからないという事は、そもそも「自分を認めるにはどうすればいいのか」がわかっていないという事なのです。
「どうすればいいのか」を自分で考えることなく、人に同じ言葉を使っていた浅はかな自分に気付かされました。
私は本当に「考える」という事をやってこなかったので、表面的にしか生きてこなかったと思います。
ある方のメルマガによると、
周りから認められた時に、自分って認められているんだと感じることが出来るようです。
よって、その認められた状況を意図的に作り出せば「自分を認める」ことになるというものです。
自分が周りから認められるような行いは、どんな行いだったのか?
その行いを振り返って考えてみれば、人から認められる行動を取ることが出来ます。
そしてそのような行いを常に心がけて行動する。
これが自分を認める第一歩のようです。
これとは反対に、自分が周りから認められないような行いは、どんな行いなのか?
それらの行動も「やらない」という事で、日常的に心がけます。
しかし、言葉というものは自分の口から発せられるものです。
そうであるにも関わらず、自分がその言葉の概念がわからないというのも、可笑しな話だと思います。
自分がその概念をわかってもいないのに、人にその言葉を投げかけるというのも、無責任な話です。
人に投げかける以上は、自分の中で自分の概念を明確に定義する必要があると思います。
そうでなければ、それが出来てる・出来ていない、或いは認める・認めないを判断することが出来ないからです。
今まで何気なく使っていた言葉たち。
その1つ1つの概念を自分の中で明確に定義して行かないと、人さまに伝わる訳がないと思います。
反対に人からアドバイスされても、その言葉の概念がわかっていなければ、
そのアドバイスを理解することは出来ないと思います。
自分の概念を明確に定義する。
これが自己と向き合う第一歩なのかも知れません。
じゃ、また明日!