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私は小さい頃から「基礎は大切だ」と言われ続けていました。
言われ続けているからか「言われなくてもわかっているよ!」という気持ちが勝って、本当は基礎の大切さを理解していませんでした。
今現在、この年になって基礎の大切さをひしひしと感じています。
なぜなら、自分がいかに基礎を身に付けていなったかということを感じるからです。
うまくいかない時というのは、基礎が出来ていないからうまくいかないのです。
それを「やっているのにできない」と思ってしまうのですが、それはあくまで「やっているつもり」にしかすぎません。
基礎が出来ていないから「やっているつもりで、やれていない」のです。
それは、基礎とはどういうものかをわかっていないので、自分がやれていないことが見えていないのです。
学生の時だと、英語の授業で英文を読もうと思えば「単語」や「文法」がわかっていなければ、英語の長文を読むことが出来ません。
スポーツで言えば、どのスポーツであっても「体力」や「筋力」がなければ、そのスポーツの技術に長けていても、体がついていきません。
結局、基礎というのは「単語」や「文法」であったり「体力」や「筋力」に値するものだと思います。
それを、面白くないからとか、邪魔くさいからと、おろそかにしたのが、今の結果です。
これを人間としての自分に当てはめれば、人間の基礎は人としての土台であり、人格だと思います。
なぜなら、人間関係はその人の人格と人格がぶつかり合うからです。
ぶつかった時に、腹が立って相手を突き放すのか、腹が立っても相手を受け入れることが出来るのか。
それはその人の人格に由るものだと思います。
そう思うと、私の人間としての基礎は何なのか?
そう自分に問うた時、真剣に考えたことはなかったし、惰性で生きてきたのがわかります。
土台は習慣や行動によって培われると言われます。
そうであるならば、私の人間としての基礎は何なのか?
じっくり向き合って、今からでも培わないと、何をやってもうまくいかない自分しか残らないと思います。
「基礎は大切だ」と、聞いていたのに・・・。
自分が蒔いた種は自分が刈り取るしかないので、今からでも考えて行動に移すしかないようです。
じゃ、また明日!