タグ:
愚痴を言ってみた処で、解決しないのはわかっているのです。
私自身、よく愚痴を言っていました。今も言っていますが、以前ほどではないと思います。
自分だけの、自分中心の世界にいた時は、次から次へと愚痴が出ていました。
何故なら、自分の思った通りにならないから。自分しか見えていなかったから。
しかし、自分以外の世界も見えて来ると、ここで愚痴を言っても仕方の無いことだとわかって来るのです。
自分が努力して変えられる事と、自分が努力しても変えられないものがあるから。
愚痴が多い時は、自分が変える事が出来ないものにも言っていました。
街中で聞こえてくる会話に耳を傾けていると、私のように自分が変えられないものに対して愚痴を言っている人が結構います。
かっての自分を見ているようで「あなたが勝手にそう思っているだけでしょ?」と突っ込みを入れたくなります。
自分の事ってなかなかわかりません。人のふり見てやっと、自分もそうだったのだなと反省できます。
自分が良かれと思ってした事でも、相手にとっては迷惑であったり、お節介であったり。
そんな時「折角して上げているのに・・・」と愚痴を言うのは、自己中心でしかありません。
「相手が望んでいない事をするあなたの方が、自己満足の塊でしょ」と返されるのがオチです。
愚痴を言って解決出来るものはありません。
寒いからと言って「冬」を愚痴ってみても、暑いからと言って「夏」を愚痴ってみても、自分が望むような快適な温度には決してなりません。
それよりも、如何に暖かく工夫するか、如何に涼しく工夫するか。
それを考えた方が、より自分の望む結果に近付きます。
「冬」は寒いのが当たり前。「夏」は暑いのが当たり前。
その当たり前に対して、自分がどう対処するか。それしか解決法は無いと思います。
いくら愚痴を言ってみた処で・・・。
解決しないばかりか、周りを不愉快にさせるだけです。否定的な言葉は、自分も周りも気分悪くさせるだけです。
愚痴の代わりに感謝が言えるようにしていきたいです。
じゃ、また!