タグ:

今日、偶然にも余命1ヵ月と宣言されていた彼女に声をかけられました。

彼女は外国でそのように宣言され、どの病院に行っても同じ診断で「何でも好きなようにして下さい」と言われたそうです。
それでどうしても日本に帰りたく、色々ご家族が手を尽くして帰る段取りになりました。
飛行機に乗る寸前も熱が出たりして、乗せてもらえるかどうかの中で、何とか帰って来れました。
日本に帰ってからも、引き受けて下さる病院はなかなか見つからず、それでもご家族全員で手を尽くされました。
そんな中、やはりご本人の「生きる意欲」が強かったのだと思います。
その生きる意欲と、ご家族の愛情が奇跡を呼び寄せました。
やっとの事で引き受けて下さるドクターが見つかり、そのドクターにお任せすることになりました。
偶然にも新しく発見されたばかりの治療法が、彼女に効いてきたのです。
彼女の「生きる意欲」がここでも発揮されたのです。
どんなに苦しくても、辛くても、彼女は耐えていました。
そして、家族も入れないガラス越しの無菌室から家族と話せる病室へ、そして一般病棟へと回復して行きました。
彼女が20代で1人で外国へ行った時から、私は彼女の生きる強さを感じていました。
経費節約の為に自給自足を思いついた彼女は、借りていたアパートの庭で自分が食べるだけの野菜を育てました。
日本では魚釣りなどしたことが無いのに、魚釣りを教えて貰い、毎日おかずの魚を釣っていました。
魚釣りが上達して釣った魚が余って来ると、それをレストランに売りに行きました。
この「自分で生きる力強さ」に、当時は驚かされました。
アルバイトから始まり、どんどん認められて、店長にもなりました。
しかし、永住を考えて彼女は就職を考え始めました。
その時の発想が、またスケールが大きかったのです。
日本では就職の氷河期。だったら世界の中で求人の多い国を選ぼうとしていたのです。
どうせ、外国に住んでいるのだからと。
就職もすぐに決まり、大いに活躍していた今、今回の宣告でした。
ご本人のみならず、ご家族も、後日聞いた私もびっくりです。
日本に帰って来てから6ヵ月。
その彼女が、道路の反対側から声をかけて来てくれたのです。
最初、名前を言われても一瞬わかりませんでした。外泊許可で家に帰って来たとか。
まさか! まさかの元気なご本人でした。
生きる意欲の塊の彼女は「もっと元気になって、同じ病気の人に勇気を与えたい!」との事でした。
今日は記念すべき、とっても嬉しい日になりました。
じゃ、また!


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

投稿者

jibunoikiru@gmail.com

関連投稿

タグ:

2280枚目■ 行動と言葉を一致させる

「言行一致」とよく言います。口で言っている事...

すべて読む
タグ:

2274枚目■ 「無理」「ならどうする」

何かをやろうとする時、或いはやりたいと思う時...

すべて読む
タグ:

2235枚目■ 何を捨て何を残すか

私は昔から「マイナスの美」の美しさが好きでし...

すべて読む
タグ:

2233枚目■ 自分が自分をどう思うか 

私たちは人目を気にして生きている場合がありま...

すべて読む
タグ:

2232枚目■ 目的の為なら共にやれる

今回のNHK「新プロジェクトX」は、世界遺産...

すべて読む
タグ:

2231枚目■ 共に目標を達成する能力 

人が他人と協力し共同の目標を達成する能力は、...

すべて読む