私たちは自分の意志ではどうしようもできないことに悩まされることがあります。
そんな時は自分の感情が先頭に立って、色々考えてしまうのです。
しかし、いくら感情を掻き立てられても、事実は事実として変わることはないのです。
感情はそれを認めたくないから、掻き立てられるのだと思います。
結局は、感情に振り回されずに、自分の理性でコントロールできるものと、できないものを区別し、コントロールできることのみに意識をもって行くしかないのだと思います。
感情から理性に、コントロールできないことからできることに集中する。
これしか解決方法はないと思います。
私たちは1人一人がそれぞれに役割や使命をもって生まれてきていると言われます。
もしかしたら、自分ではどうにもできないことも、その自分の役割を果たすために用意されたものかもしれません。その状況は自分を試されるために、その試練が用意されているような気がします。
よく「事実は一つだが、解釈は無限大」と言われるように、目の前の事実を自分がどう受け止め、どう解釈するかによって、未来の自分が変わってくるのだと思います。
そうだとすれば、いつまでも感情をかき乱されないで、その状況の中で自分がコントロールできることを見つけ、その部分で自分を変えて行けばいいのではないかと思います。
他人ごとを自分ごととして捉え、相手の立場や相手の気持ちを考えれば、かき乱されていたと思う感情も違ってくる可能性もあります。
もしかして、遡ればそのイライラの原因は自分の方だったかも知れません。
それを考えれば、現在から未来の自分を考えるしかないと思います。
そして尚のこと、しあわせな自分の未来へ一歩踏み出す勇気を培う必要があると思います。
人は自分の理性と戦っている時に愛情や優しさに敏感になれるようです。
愛情や優しさに敏感になれるから、他の人に対しても愛情や優しさを与えることが出来るのだと思います。
そう思えば、目の前の事実に対しても、うまく対処できる方法を考えることが出来るのではなかと思います。
感情に振り回されないで理性で考えれば、自分を犠牲にすることでもなく、相手を犠牲にすることでもなく、うまく収まる方法がきっと見つかると思います。
それを見つけることができた時、ほんの少し前に進めることが出来るのではないでしょうか。
じゃ、また明日!