「雑誌やTVなどで老後のためにいくら必要か?」という特集などが組まれています。よって、老後のためにはお金が必要なのだと、刷り込まれていっています。確かに老後は病気もするし入院もする必要が出てくるので、医療費は必要だと思います。
しかし、それは予測の上でのお金であって、実際に要るようになるかも知れないし、健康であれば要らないかも知れません。それが毎日のように「あなたは、老後のためにいくら残してありますか!」と畳み込まれれば、貯金をしておかなければと、貯める事しか考えなくなります。
自分の不安解消のために、具体的にどこどこの施設に入るから幾らいる。というのならまだしも、それも解らないままに、ただ不安だから貯金する。という状態です。
自分の残り時間の過ごし方と、貯金をする為だけの毎日を天秤にかけて、それが本当に自分のやりたい残り時間の使い方かどうか。それが悔いの無い生き方なのかどうか。考えてみても良いのではないかと思います。なぜなら、その貯金にはリアル感や必然性が無いからです。
それらのお金は不安に対する願望に過ぎないのかどうか。老後のために毎日節約して日々楽しむことなく時間を過ごすのと、自分の夢に一歩でも近づくために時間を過ごすのと、どちらが本当に望む姿なのか。これらを考えてみても良いのではないかと思います。
人間はいざとなれば、何とか出来る力を持っていると思います。その力はどれだけそれを本気で叶えたいかどうかだと思います。本気さがお金を集める力になるのです。最近ではクラウドファンディングをよく利用されていますが、例えば本気で学校を建てたいとか、本気で劇場を造りたいとか、本気で娘の病気を治したいと思った時は、本気でお金を集めます。それは具体性と本気度があるから集まるのです。
ただ漠然と不安だから集めるというのとは、違って来ると思います。老後の不安と言えば自分の健康だと思います。入院をしたときの費用、或いは施設に入る時の費用。それらも具体的に計算すれば出てくると思うので、その必要分以上のお金はどのように使いたいのか。どのように残る人生を楽しんでいくのか。それももう少し具体的に考えても良いのではないかと思います。
漠然とした不安の奥には何があるのか。その不安に対して、今からなにか手を打っておくことは出来ないのか。不安解消のためにやれることはあるのではないかと思います。もしも病気になったらという不安があれば、今から運動・栄養・休養にお金を使った方がより健康的で楽しい毎日を送ることが出来るのではないかと思います。
私が通っていたジムの人達は、ジムが閉館になってからそれぞれどこかのジムに通って運動を続けています。時々商店街で出逢ってお話するのですが、70代80代の方なのに、元気で楽しく活き活きとされています。そういう方は老後のために健康でありたいから運動を続けているのだと思います。
自分が今、お金が欲しいと思うのは、なぜ欲しいと思うのか、そのお金を何のために使いたいのか。それを考えることが自分の老後を楽しくするのだと思います。
じゃ、また明日!