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昔は定年退職と言えば60歳でそれが65歳になり、今ではもっと先延ばしになる傾向があります。そもそも日本人の寿命が延びてきて、まだまだ元気に働けるというのと、人手不足でキャリアを生かしてほしいというのもあると思います。

人々の意識も変わってきて、以前なら第二の人生はゆっくりと旅行をしたり趣味を楽しんだりという老後でしたが、それが30年もあればやはり考え直すと思います。

人によっては60歳定年で退職して、早くゆっくりしたいという人もいるでしょうし、まだまだ働けるので嘱託でもよいので働き続けたいという人もいると思います。それは人それぞれなので、自分の人生は自分の生きたいようにすればいいと思います。

いつも読んでいるメルマガに私と同じ考えを書かれていた方がおられ、嬉しくなりました。それは、退職後は「余生」ではなく「今からが後半の本番」だと。「今まで培ってきた経験や知識、人脈は財産であって、世の中のためになるので、仕事に限らず、地域活動でもボランティアでもいいので、これまでのキャリアとは違った形で社会や自身に還元できることがたくさんある」と。「それは新しい人生が始まったことを意味している」と言われています。

私もまったく同じ考えで、少し早めの退職でしたが、その後は地域活動のボランティアをやったりもしました。そして今、考えているのは、来年から第三の人生に入ろうと思っています。第二の人生で自分のやってきた仕事を活かし切っていないと思うので、もっと社会や人々に貢献できるようにエネルギーを使いたいなと思い始めました。それは直接的であっても間接的であっても、もっと自分の能力を出すことはできるのではないかと思い始めました。そして、それが私の残る人生の「生き方=死に方」だと。

そう思うと、社会人生活は第三の人生のための基礎固めのような気がしてきました。人は誰でも何等かの役目を担って生まれてくると言われます。確かに、自分では気が付かないけれども、まわりまわって誰かの役に立つことがあると思います。それを意識したとき、自分にできること、自分がやりたいことが結局は人さまの役に立つことではないかと思います。

よって、自分の人生の持ち時間で元気なうちは、もっと新たな領域に足を踏み入れたり、チャレンジすることが、自分自身を活かすことになるのではないかと思います。そしてそれがいつまでも若々しく生きるエネルギーになるのだと思います。

人生100年時代、第二では足らずに第三の人生が待っていると思います。そしてもしかしたら一番面白いのが第三の人生なのかもしれません。なぜなら誰の束縛もなく、自分が思うように生きれるからです。茶飲み友達とお喋りしながらのんびりと過ごしたいのも、その人の選択です。何かの活動にのめり込むのも、その人の選択です。自分が幸せだと思う生き方を自分で決めれば良いだけです。それが自分を生きるということだと思います。

そのためには心身共に健康である必要があり、自分の健康を保つ運動は日常生活の中に取り入れたいと思います。本日のメルマガに書かれていた言葉「自分の定年は自分で決めるべき」は、まったくその通りだと思います。

じゃ、また明日!

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jibunoikiru@gmail.com

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