タグ:
よく「失敗をしないとわからない」とか「失敗から学ぶ」など耳にします。
上記の言葉に従えば、失敗した方が己を知ることが出来るように感じます。
そうであるならば、無理だろうなと思われることに挑戦した方が、己を知る可能性があります。
本来なら、自分の理想を描き「こうなりたい」「このような自分でありたい」と未来の自分を思い浮かべ、そこから逆算して何をしていくべきかを考えると思います。
しかし、人生100年時代。
何も考えずにボーっと生きてきて、失敗らしい失敗もしたことがないので、ここらで「失敗」という経験をしないと、先人達の話も正しく理解することが出来ないのではないかと思い始めました。
もしかしたら失敗の連続なのに、ボーっと生きてきたが故に失敗だとも認識出来ていなかったのかも知れません。
そうなれば、より最悪です。
これからAI時代に突入します。
歴史の流れをこの目で見たいと思うので、やはり元気に自分の人生の持ち時間を過ごしたいと思います。
さて、私が描いている「失敗」。
確かに私の苦手な部分からの出発です。先ず、その分野の知識の習得から必要になってきます。
今までなら、その時点で「無理、ムリ、むり」と叫んでいました。
しかし、人間とは恐ろしいもので「自分の無知を知らない」ことほど強いものはありません。
その無知を知る為の挑戦です。
ソクラテスの「無知の知」。学生の頃、授業で聞いたことがあるような・・・。
「自分は何も知らない」そして「それを自覚している」。たしかこうだったような・・・。
今、この言葉に近付いてみたくなりました。だから、失敗したくなって来たのです。
失敗しても失うものは何もありません。あるとすれば、貴重な時間だけです。
じゃ、また!