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私はあまり知らないのですが「今日は、天赦日です」とか「一粒万倍日です」
とか、言われる時があります。
熱心な方は、神社にお参りに行ったりされています。
しかし、神社にお参りに行ったから、運が開けたのかと言えば、
そうとも限らないと思います。
たまたま良いことが起こったとしても、それ以前のその人の努力が
当然の結果として残されて行くのだと思います。
人生には「運命」「宿命」というものがありますが、
「宿命」はコントロールできませんが、「運命」はコントロールできるようです。
何故かと云うと、人生というのは自分の意志によって、出来る範囲の最大で
「運命」をコントロールするもののようです。
できる範囲での最大というのは、「日々の地道な努力と行動」のみが、
開運に繋がって行くからです。
いよいよ8月12日(月)にパリオリンピックの閉会式が行われます。
「参加する事に意義がある!」と言っていた日本が、
沢山のメダルを獲得しました。
これらのメダルは、日本がメダルを獲得する「宿命」だったのでしょうか?
はたまた「運命」をコントロールして獲得したものなのでしょうか?
私はそれ以前に彼・彼女らの厳しいトレーニングに耐えた日々の、
地道な努力の結果だと思います。
繰り返し繰り返し練習することによって、自分ができること、出来る範囲を
増やして行ったのだと思います。
その結果がメダルというものになったのだと思います。
確かに、相手選手のミスであったり、不調の結果、逆転したりする時もあります。
しかし、それこそが自分の「運命」をコントロールすることに繋がるのです。
それは何回やってもミスが出ないように自分をコントロール出来ているかどうか、
ベストな体調に当日持って行けるかどうか、それらもすべて含めて、
日々の努力の結果だと思います。
普段通りの力が出せるかどうか、これも120%、150%練習しているから、
会場の雰囲気に飲み込まれることなく、普段通りの力が出せるのだと思います。
以前の日本人はプレッシャーの方が大きくて「失敗したらどうしよう」
「いつも通り力が出せなかったらどうしよう」という不安が先に来ていたと
思います。
しかし、今はメンタルトレーニングもしているので、
会場の雰囲気や声援を味方につけることが出来ます。
同じオリンピックというスポーツの大会であっても、
メダルを取らなければならない祭典ではなく、
自分が練習してきたことを、会場の皆さんと共に楽しむ祭典へと
変化してきたように思います。
自分が熱中できる何かに、ただひたすら没頭するだけで、
普通の人には果たせない努力の数々を、継続し続けてきたのです。
そして自分が納得のいく努力をしてきたからこそ、2位であっても3位であっても、
「自分より他の人の方が強かったということで、次回は金を目指します」と、
現実を認め、その瞬間から次回オリンピックの目標を決めているのです。
これらはご本人たちの、日々の努力と行動の結果です。
日々の地道な努力と行動のみが、
メダル獲得という開運に繋がったのだと思います。
じゃ、また明日!


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jibunoikiru@gmail.com

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