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哲学者であり教育者の森信三先生は、「鉛を掘りなさい」と話されたそうです。
人は鉛を掘るのはバカらしくて、金や銀の方が効率が良いと探しますが、
そうではないようです。
なぜなら鉛のような安いものでも必要としている人は必ずいて、
それを必死に掘って行くうちに、いつの間にか金や銀が一緒になって掘り出される
という事です。
これは目の前の仕事や地味で下積みのような仕事でも、コツコツ続けて行くことで
拡がりをみせるという事です。
この広がりが、金や銀に値するのだと思います。
今は金や銀を掘る機会はないですが、金や銀に匹敵するのが「気付き」だと思います。
瞑想も毎日やることによって、体感が深まり理解が深まって行きます。
体感と理解が一緒になるので意識もしっかりしてくのだと思います。
そして意識がしっかりしていくから、気付きも多いのです。
もう1つ良い事は、気付きが多くなるとそれぞれが繋がっていくということです。
ジグソーパズルのピースが2~3個しかなかったものが、
気付きと言うピースが増えることによって、
断片的にでも白紙の部分が埋まって行きます。
全部埋まっていなくても朧気ながら全体図を想像できるようになるのです。
そして、全体図がわかるから、理解もより深まって行くのだと思います。
私達は外の情報を聞いて自分の内側に感化されます。
他の人が鉛よりも金や銀の方が儲かるぞ!と言えば、それを聞いた自分も
情報に流されて、儲かるなら金や銀を掘ろうかなと思ってしまいます。
しかし、外の情報は約束されたものではありません。
約束されてもいないのに、金の方が儲かるからと信じて掘り続けても、
いつまで経っても金は出てきません。
そうなると「あの人が言ったから」と人のせいにしてしまうのです。
人のせいにしている限り、意識を自分の内側に向けることは出来ません。
結局は、自分の内側に目を向けるという事は、
目の前にある事を淡々とやり続けて、自分で気付いていくしかないのだと思います。
世間ではコツコツやっている人を馬鹿にしたり、誹謗中傷したりしています。
そういう人は外の情報にしか目が行かず、
自分と言うものがわからないのだと思います。
そういう人にこそ瞑想をして己に気付けば、
もっと楽しい人生になるのになーと思います。
じゃ、また明日!