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自分がいつも気になっている事や、頭に浮かんでいることは、
自分の本音の部分だと言っても過言ではないと思います。
今まであまり意識していませんでしたが、改めていつも気になっている事を
思い浮かべて3つほどに絞ってみると、やはりそれが自分の一番興味ある事であり、
自分の中心になることのようです。
書き出すという作業をして改めて眺めてみると、それが自分の本音の部分であり、
自分の生き方に繋がる部分でもあったようです。
しかし、時間を置いて眺め直すと、書いている言葉は同じなのに、
そこから描くものが違ってきているのに、自分でもあれ?って思いました。
言葉というものは抽象的です。
その時に書いていた言葉から描いていたものは、今考えると「そこじゃないでしょ」と
思ってしまったのです。
その時描いていたものは、まだ人目を気にして描いていたような気がします。
誰かに同意を求めていたのかも知れません。
自分に自信がなかったから、断言出来なかったのかも知れません。
自分の正直な気持ちに蓋をした答えだったのかも知れません。
失敗をしない範囲での描き方だったような気もします。
時間が経てば、そういう所から離れている自分に気が付きました。
自分の本音なのだから人のことは気にせず、人からどう思われようと、
自分の本音は自分の本音なのだと、自分で認められるようになりました。
まず、自分の本音でやってみて、その上で人とぶつかれば、そこで修正したり、
改善すれば良いのだと思うようになりました。
すると、同じ言葉なのに描くものの先が違って見えてきたりもしました。
また、想う深さも違ってきました。
何だか見える景色が少し変わってきたような気がします。
自分の本音というものは変わらないものだと思っていたのに、
自分の本音が変わってきているのです。
それが良いとか悪いとかではなく、本音って変わっても良いのだと思えば、
もっともっと真剣に自分の頭の中や心の中を覗いてみることが出来ました。
そして、まだまだ知らない自分がいるかも知れないと、思い始めました。
1回自分の本音を覗いたくらいで自分を知ったつもりになっていましたが、
それは大きな間違いでした。
何回も何回も自分の本音を問いなおす必要があるようです。
「もうこれ以上自分の想いは揺るがない」と確信が持てる頃、
その本音は行動へと結びついていくのだと思います。
1つの言葉からどれだけ奥行の深いものを想像することが出来るのか、
その言葉を自分がどれだけ大切にして行動に結びつけることが出来るのか。
それらは自分の人生の礎となっていくのだと思います。
「チコちゃんに叱られる」ではないけれど、
ぼーっと生きていたら宝石になる言葉も、
ただの石ころにしてしまっていた可能性があります。
「人を知る前に己を知れ」と言われますが、自分の事をよく知らないと、
どの方向に進めば良いかわからないし、
誰についていけば良いかもわからない状態でした。
1度や2度自分の本音を覗いた程度では、
まだまだ自分を知ったとは言えないという事でした。
じゃ、また明日!


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jibunoikiru@gmail.com

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