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我々は「知っている」か「知らない」かで大きな差が出る時があります。
コロナ禍で引っ越しをした人がいました。7回も。
その人は色々目で確かめて勉強する為に、あちこち旅行をしていました。
旅行をする中で知った事ですが、コロナ禍でも家賃は下がりません。
しかし、ホテル代は下がりました。
よって、家を借りるよりもホテルを転々とした方が安くつくと、知ったのです。
知ったから見えてきたのです。
普通、ホテルは高いものだと思ってしまいます。ホテルで1カ月過ごすのと、
家賃の1カ月分なら、当然家を借りる方が安いのです。
しかし、事情が変われば見えて来て、ホテルが安くなっていたのです。
一番よくわかるのが自分や身内に子供が出来た時です。
今迄それほど目に付かなかったのに、やたら妊婦さんが目に入って来たり、
子どもが産まれてからは、ベビーカーに目が行きます。
それまでも同じくらいの妊婦さんもいたし、ベビーカーも街中で見かけているはずです。
しかし、それまでは「見えているのに見えていなかった」のです。
それは「知った」から「見える」ようになり、
見えるようになったから「認識」出来るようになったのです。
「知らない」と「認識」できるようにはなりません。
自分の人生に於いても、自分がどうなりたいかを自分自身が知らないと認識できないので、
いくら資格を取ってみても、身に付かないのです。
本当に自分がなりたい理想像のためのものでないと身に付かないのです。
「入口間違えると、出口間違う」と言われるように、
多くの資格を取ってみても、自分のなりたい像には近付けないで、
あらぬ方向に行ってしまうのです。
なぜなら、本当に知った事にはならないからです。
自分が生きて行く上で必要なのは人間としての「土台」だと思います。
建築で言う所の基礎の部分です。
家でも基礎工事がしっかりできていないと、台風や地震で直ぐに壊れてしまいます。
基礎の土台がしっかりできていると、持ち越せるのです。
人の土台を作る知識は非常に大切だと思います。
その先の自分を確かなものにする為には、時間とお金に投資すべきだと思います。
そして、知らなかったことを知っていき、
知っているから、見えなかったものが見えてくる。
そうして自分が見えている世界を広げていくことに、楽しみを感じたいと思います。
じゃ、また明日!