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何事も「行動をしなければ変わらない」「経験をしなければわからない」
「やってみなければわからない」と、言われます。
私も何回も言われた言葉です。
しかし、自分を変える為にやることは、何か非常に大きなことのように感じて
構えてしまう自分がいます。
そうなると、なかなか一歩が踏み出せないのです。
なぜなら、行動や経験や実践はカラダを動かして具体的にやることだと思っていたからです。
今日「捉え方を変える」というのも、実践の1つだということを知りました。
思考を「変える」というのも「実践」だったのです。
そう思うと、誰でもがいつでも実践出来る事だったのです。
自分の捉え方ひとつで目の前の世界がガラリと変わることがあります。
よくある話ですが、小さい時に里子に出されて育った場合、
大抵の場合、その子は「自分は親に捨てられた」と思ってしまいます。
実際、親の手元から離されるので「捨てられた」と思うのは当然です。
しかし、大きくなってから「女手一つで育てるには子どもにも苦労を掛けてしまう。
子どもを育てたい家庭で大切に育てて貰った方が、この子は幸せになる」と言う気持ちで
泣く泣く母親が子供を手放したという事を知った時、母親に対する憎しみは消えてしまいます。
小さい時に里親に出されて何不自由なく幸せに暮らせていたのは事実です。
ただ、その捉え方によって、自分は里子に出されて幸せではなかったと捉えるのか、
親は自分の事を思ってそうしてくれたので、自分は幸せだったのだと気付くのか。
子どもの人生にとって重大な事なので、軽々しく口に出してはいけないのかも知れませんが、
その時は自分は幸せではないと捉えていたとしても、
時間が経ったときに自分がどう捉えるかによって「幸せに気付く」ことが出来ると思います。
人間関係も、合わない相手を変えようとするのではなく、
その合わない相手を「自分がどう捉えるのか」という自分の捉え方を変えてみる。
これが「捉え方を変える実践」なのだと思います。
よって、カラダを張って何かをするのではなく、
自分の思考エネルギーの方向を変えるだけのことなのです。
失ったものの数を数えるよりも、今持っているものの数を数え始める。
豪邸を手に入れる為に必死で働き通すよりも、今住んでいる家の良い所をより良くする。
これも実践なのだと、思いました。
「視点を変える」というのも、実践の1つだったのです。
「思考を変える」という実践をしない限り、それは理論で終わってしまっていたのです。
幸せな人というのは、何処にもいないか、いてもごく少数だと思います。
幸せだと感じている人は、視点を変えた人の数だけいると思います。
「やってみる」という実践をしてみれば、
「理論も自分の心」も、一致しやすくなると思います。
じゃ、また明日!