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私は無意識のうちに、いつも自分の中に不安や恐れがどこかにありました。
その不安や恐れはどこから来ているのかと言えば、
「自分はいい子でいなければ認めて貰えない」と思っていたようです。
小さい頃から周りの人には「いい子だね!」と言われ続けていました。
それが自分の中では、いつしか「いい子でいなければ認めて貰えない」に変わっていたのです。
人の期待に応えられない自分では認めて貰えない。
期待されているほど成果が出なければ評価が下がる。
「いい子」でいなければ愛して貰えない。
それが私の中では、「いい子」=勝ち という図式になっていたようです。
人との競争も嫌いで、「勝つ」という事を避けていたのは、
反対に「いい子」でいなければならない。という事から逃げたかったのかも知れません。
期待に応えられないと嫌われる、評価が下がる。
その為に「いい子」でい続けようとしていたのです。
しかし、それは誰のための「いい子」だったのか。
結局は周りにとっての「いい子」であって、嫌われない為にやっていたという事です。
それがあるから大人になって褒められても、素直には喜べず、
「まだまだ自分は出来ていません」となってしまうのです。
それに気が付かずに、今まで不安や恐れを引きずっていたのです。
本来なら、人目を気にせず自分の為に自分のやりたいようにやって、評価されるべきです。
それを人目を気にして嫌われない為に、評価が下がらない為にやっている行動は、評価に値しません。
人の評価を気にするという事は、比較の世界の生き方です。
自分がやりたいようにやって評価されるなら、それは素直に喜べるかも知れませんが、
人との比較によって評価されると、それは果して自分が本当に心の底からやりたかった事なのか。
と、疑問が湧いてきます。
そうは言っても、自分の心の底からやりたいこともあったかも知れません。
しかし、不安や恐れによってそれらがかき消されていたようです。
よって、自分を認められることが出来ず、素直に喜べない自分がいるのです。
「自分を生きる」という事は、その生き方に関しては人は関係ありません。
自分が選択をし実行するから、その責任は自分で取ることが出来るのです。
よって、もっと自分を信じて自分を認めてあげても良いのではないかと思います。
だからこそ自分の行動は自分で決めて、自分の命を全うできるのだと思います。
じゃ、また明日!